9月28日(月)-10月3日(土)





































































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※価格は2020年10月現在。

















空と縁起

 仏教が「空」を最重要の概念としたのは、煩悩を絶つための方便だっただろう。煩悩は、「自分の思いの通りに世の中が運んで行かない」という状況が生み出す。しかし、それは単に「自分の思い」から見た世界であって、人間は自分の都合で作った○○主義などという見方で世界と向き合っている。元来すべては「空」だと気付いたとき、自己と世界は全く新しい様相で再び関係を結び始める。自分を含めて、あらゆるものが生まれ変っていくように感じられる。その状態を「縁起」と呼んだのだ。

 仏の教えは、その見方をやめ新しい縁起により世界に向かえということだ。この教えに従えば、画家の仕事もキャンバスや画用紙の上で作品ごとに、現実世界を「空」と化し、新しい縁を生起させていることなのだと見えてくる。

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 石井抱旦は、書という近代美術の中では納まりの悪いジャンルで活躍してきた。前衛書という形で美術の分野で書が認められるようになったのは戦後のことだ。それも浮世絵と同様、外国での高い評価の故であった。明治以来「書は美術ならず」(岡倉天心は、それを論破していたが…)として近代化にまい進してきた日本の美術界にとって、ハーバート・リードの『近代絵画史』(1968年)に唯一図版が掲載された日本人の作品が書であったという皮肉。文字として見ないことによって書が美術と認められたということではない。書≠美術という近代の枠組みを「空」とすることで、美術に新しい景色が見えてきたのだ。

 逆にいうと書の界隈にもそれが出現していたはずなのだが、筆者にはなかなかそうは感じられない。だから石井が、書と美術の枠を軽々と飛び越えていることは刮目すべきなのだと思う。彼の作品は近代美術の「自己表現」という強固な枠をも「空」とする。

 石井の方法は、簡単にいえばステイング技法—絵の具を流れるに任せる—というものだ。ベースに紙やキャンバスではなく、アクリル板を選んだのは、顔料の動きをできるだけ自由にさせるためだが、それを人為的と見るべきではなく、神降ろしのための舞台を整えたととらえるべきだろう。その上で造形が人間と自然の協働の証となりえた姿として出現する。

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 松林彩子は、理系の大学卒業後に絵画を学び始めた。理系という極を得ることによって、感性が反発してはじき出されたのだろうか。彼女の絵には、感情を開放したアンフォルメルのようなスタイルとはうらはらに、合理的な軸が感じられる。その合理性は、科学者が行う地道なフィールドワークや実験のようなスケッチに支えられているようだ。

 「スケッチが1000枚を超えたあたりから、絵が出来上がってきた」という言葉に誘われて数冊のスケッチ帖をめくると、ほとんどは作家の暮らす、川崎市北部の住宅団地の風景だった。多摩川支流の小河川が作った谷の両側を埋め尽くして住宅が段々畑のように建て込んでいる。(筆者が訪ねたとき、谷を挟んだ向かい側の斜面では、建物群のあいだで桃畑が一筋、マゼンタ色の鮮やかな花を咲かせていた。)スケッチが1000枚を超えたとき、風景の中の建物と木立という枠が「空」となり、幾何学形と不定形のせめぎ合う画面が出現した。風景が「縁起」となったといえるだろう。

 その「縁起」はキャンバスの上では、絵の具の物質として手応えのある固まりと、生命力あふれる筆の動きがぶつかり合う世界として、拡大され抽象化されて表現されている。作者の生活する日常風景が描かれているのだが、そのまま物質とエネルギーがせめぎ合う宇宙の現れであることを感じさせる。これは禅的な「空と縁起」の世界観といえるだろう。

                小泉晋弥(茨城大学名誉教授・美術評論家)

                 





























石井抱旦 略歴

1947年 山形県生まれ
1974~ グループ展(東京銀座十字屋ギャラリーほか) 以後毎年開催
1980~ 海外展(ヨーロッパ巡回展・アメリカ巡回展・北京展・ベルリン展・ソウル展・パリ、ニューヨーク展など)
1990~ 個展(茅ケ崎市文化会館/ギャルリ―志門、銀座など9回)
2008~ Ten-ten(銀座洋協ホール/横浜赤レンガ倉庫/札幌コンチネンタルG/鎌倉芸術館11回)*企画主宰
2009  茅ケ崎の書展 井上有一・水越茅村・石井抱旦(茅ケ崎市美術館)
「神奈川の歴史上の人物100人」の一人「藤間柳庵 生誕・終焉の地」碑文揮毫
2010  茅ケ崎市立東海岸小学校校歌「岩谷時子 作詞・弾厚作 作曲」碑文揮毫
2013  第3回ドローイングとは何か展(ギャルリ―志門/銀座)*入選
2013~ 日・米美術交流展(金沢/東京/アメリカ)3回
2014  東アジア文化都市2014 日中韓“書”の交流(総持寺/横浜)
2015  東アジア文化都市2015(光州市国立アジア文化殿堂/韓国) *招待出品
2017  第15回NAU20世紀美術連立展(国立新美術館) *奨励賞受賞
2018  第16回NAU20世紀美術連立展(国立新美術館) *個展企画
2019  Ten-ten2019 in 横浜赤レンガ倉庫-両極の書- *企画
2020  Ten-ten2020 in 横浜赤レンガ倉庫-筆と腕- *企画
2020 小泉晋弥企画「空と縁起」Vol.2 石井抱旦展(ギャルリー志門/銀座)

パブリックコレクション
茅ケ崎市美術館・北京國粋美術館・物波空間(ソウル)・中国友諠館 ほか多数